大政奉還前の試練の跡 「岩倉具視幽樓旧宅」

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500円札の肖像画

 昭和の時代なら岩倉具視と言えば500円札の肖像画のおじさんで、小学生でも知っていたと思いますが、500円札を使ったこともなければ見たこともない世代では名前すら知らない人が多いかもしれません。
 維新で活躍をしたとはいえ坂本龍馬や西郷隆盛、木戸孝允など刀をもって勇ましいイメージの英傑が人気で岩倉具視のような知略家はどちらかと言えば日の当たらない存在のような気がします。

岩倉具視写真
岩倉具視

岩倉蟄居の試練

 岩倉具視は、和宮の将軍家への降家を公武合体を進めるため実現させた中心人物だったことにより、大政奉還前の一時期の討幕派勢力が優勢となっていた際に佐幕派とみられ失脚し政治の表舞台から身を引いた時期がありました。
 ここは、その際に蟄居させられ過ごした場所の一つとされています。蟄居中はあちこちを転々としたそうですが、この家にはしばらく腰を落ち着けて建て替えや増築などもして住み続けたそうです。
 この場所は、京都の岩倉という地区にあり、岩倉家の元領地だったことや少年時代に公家社会の風習による里子としてこちらの地域で過ごしたことがあったことよりこの地域に対して親近感があったのかもしれません。

岩倉具視幽樓旧宅
岩倉具視幽樓旧宅 母屋

見学は自由に母屋や付属屋の中にも入れます

 岩倉具視が、元治元年(1864)に大工藤吉の居宅(現在の附属屋)を購入し、主屋と繋屋を増築して住居としたそうです。購入当時は相当なおんぼろだったそうでその大工さんの居宅を修繕し前に今の母屋を建て増しして住居としたそうです。
 確かに前の母屋には生活をする上で必要な台所や炊事場がなく井戸も付属屋の近くに掘られています。母屋は大工さんの家には必要のない?床の間がありこちらでお客さんをもてなしたり面会したそうです。
 案内をしてくださったボランティアガイドの方によると坂本龍馬も時々面会に来て話をした記録や蟄居中の近所の方との交流や岩倉自身が行った自炊の様子も記録として残っており近所の住民との関係も非常によく岩倉は後にこの地を第2の故郷と呼んで懐かしんだそうです。そのような資料の一部が対岳文庫(国登録文化財)でも展示されています。

庭には遺髪碑

 岩倉が第2の故郷と懐かしんだこの地には遺髪を収めた岩倉村瘞髪碑(えいはつひ)があります。

意外な人気観光地でお勧めです。

 それにしても、岩倉具視の蟄居させられた際の家がそんなに人気があるとは思っておらず行って見てその人気ぶりにビックリしました。庭いっぱいの見物客で何組もの団体客が立ち寄る観光地でした。
 この人気は「せごどん」で注目なのか?岩倉具視はせごどんでは笑福亭鶴瓶さんが演じて登場しています。親切なガイドさんに案内していただき、意外な岩倉人気に戸惑いながらの見学でした。

住所
〒606-0017 京都市左京区岩倉上蔵町100

開館日時と料金
水曜日と年末年始を除く毎日9時から17時
大人300円、中高生200円、子供100円

公共交通では
地下鉄烏丸線国際会館駅から京都バス24系統で「岩倉実相院」下車
阪急電車河原町駅、京阪電車三条駅・出町柳駅から京都バス21・23系統で「岩倉実相院」下車
叡山電車岩倉駅から北へ約1.4km 徒歩約20分、又は京都バス21・23・24系「岩倉実相院」下車

自家用車では、
ちょっと分かり難いですが、実相院隣の石座神社の駐車場に停めます。

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